「小さな」社会、それは再生と接続が可能な社会。
大規模店舗法の改正、銀行と大手企業の公的救済、国際会計基準の導入、リストラ奨励、IT産業の擁護、製造業の淘汰など、20世紀最後の10年に我が国に吹き荒れたダーウィズム(優勝劣敗主義)は、アメリカ留学組の「学者センセイ」によって強引に輸入された米国流スタンダードによるものでした。以下、彼らの功績(?)と功罪をまとめてみました。
●債権カットで大手企業復活。
●公的資金により大手銀行の復活。
●中小零細企業に対する貸し渋りの悪化。
●倒産件数と負債総額の増加。
●中小企業の減少。
●失業者と自殺者数の増加。
数字に憑かれ、数字では扱えないものを定量で測った「学者セイジ」は、生身の人間と文化や伝統を犠牲にしても指標や統計ばかりを気にする「最悪な素人セイジ」を強行したのです。
ところが世界規模では全く逆のことがすでに起こっています。
一度は世界中で採用された米国流スタンダードは各地の実情によってガラスに亀裂が入っていくように独自のスタンダードに置き換えられています。市場も細分化しているため小国ではあるものの充分に実力をつけたアジア諸国に対して無数のビジネスチャンスを生んでいます。一方では強大な中国市場の台頭もあり世界市場は混沌としてきています。つまり、他国の標準を国民の犠牲のうえに採用した愚かな国は日本だけだったということです。もともと、アメリカだけが世界を規定できるなどというのは幻想です。むしろこれからは多種多様な国々が同じ舞台で競い共存できる現実的で多様性に満ちた市場が形成されていくはずです。互いに個を確立していくことで形成される普遍的な市場、そこで求められるのはグローバルスタンダードなどではなく、自立した国同士の緊密な関係性によって可能となる信用と信頼となることでしょう。